移住者等に聞く

移住者インタビュー
のへじ町ホタッピー商店
横井さくらさん
「ない」ことで際立つ大事なもの
小さな頃から不思議なものが大好きだったという横井さくらさんは、大好きな恐山の近くで暮らしたい!という幼い頃からの夢を叶えるために野辺地町にやってきました。元々は大阪市で暮らしていた横井さんは、それまでとは真逆の「ないものが多い」生活のなかで、たくさんの大切なものを手に入れました。綺麗な景色、美味しいご飯、そして何より家族同然の地元の人のあたたかさ。横井さんが魅了された野辺地町の魅力について思う存分語っていただきました。
大好きな恐山の近くに住みたい!
私は地域おこし協力隊として野辺地町に移住してきました。野辺地町を選んだ理由はなんといってもこどものころからずっと大好きだった「恐山の近くに行きたい!」という思いでした。いくつか候補となった自治体があったのですが、そのなかでも野辺地町は江戸時代に北前船で、私の故郷の大阪と交流があったということで、その文化に興味を持ったことも理由のひとつです。
実際に野辺地町で暮らしていても、上方の文化が流れてきていると実感することはたくさんあります。例えば、野辺地町の祇園まつりというお祭りは、京都の祇園まつりの流れを組むお祭りだと感じます。野辺地町の祇園まつりはおはやしが、おしとやかなんです。私はねぶた祭りなどの力強さが前面に出る青森県のお祭りも大好きなんですけど、祇園まつりの静かなおはやしも凄くいいなと思います。
第二のふるさと野辺地町の人のあたたかさ

実際に移住してみて恐山や上方の文化といった部分は私にとって魅力的でしたが、もちろんそれだけではありません。近所の方がご飯を届けてくれたり、雪かきの仕方を教えてくれたりとか、周りの皆さんの人柄が本当に凄くあたたかくて。特に大阪で生まれ育った私は雪にはあまり馴染みがなかったのですが、そういった部分も教えてくれるだけではなく、一緒に雪かきしてくれたりして苦に感じることがなかったんです。
もちろん最初は親戚も友達もいない新しい場所にいきなり一人で行くというのは不安でしたが、今では周りのサポートもあって第二のふるさとだと感じています。町のみなさんを家族のように感じていて、わからないことがあったとしても教えてもらえるので、今は全く不安はありません。
つながりがどんどんできていった時に喜びを感じます
地域おこし協力隊には最初のミッションがあるんですけど、私の場合は地域振興に関わることは、割と自由にやっていいっていうのと、あとはSNSを活用した効果的な情報発信という仕事がありました。
当初は観光協会に籍を置いて観光協会のSNSの運営や、ホームページのリニューアル、ECサイトの立ち上げなどにも携わりました。大阪でサラリーマンだった頃に経験した職種ではなく、こちらに来る前に1年半ぐらい学校に通ってホームページ作成のコードなんかも学んできてはいたのですが、自分で調べながらの制作となりました。幸いにも観光協会にホームページリニューアルの方の専門家がいらっしゃったので協力しながら乗り越えることができました。

このような仕事を通して地域の中に入っていって、周りの方と一緒になって地域振興活動を行い、繋がりがどんどんできていった時に凄く喜びを感じます。
現在は地元食材を利用した商品を開発・販売する「ホタッピー商店」を立ち上げ、野辺地町の魅力を発信しています。
任期が終わってもずっと野辺地で
今は、私がこどものころ思い描いていた生活を送れていると思います。やっぱり私は恐山が大好きなので(笑)。恐山の近くに住んで、このように色々な活動ができるという点では理想通りの生活を送れていると思います。

令和7年3月末で地域おこし協力隊の任期が終了しますが、その後も野辺地町の魅力を発信していきたいと思っています。商品化したものもいくつかあるので、全国に向けて野辺地町をPRしてファンを拡大していきたいと思っています。そして町や観光協会とドローンを使ったPRや、移住促進のための活動などを一緒にやっていきたいなと思っています。
まだ野辺地町での活動の手ごたえがあるとは言えないんですけど、この4年間でたくさんの足がかりを作らせていただきました。そこからさらにジャンプして、地域に貢献し、恩返しできるようにしたいと考えています。
都市部にいた頃は人のつながりというものにそれほど感情移入をしていない部分がありました。野辺地町に来て人とのつながりっていいもんだなとか、星空ってこんなに綺麗に見えるんだ!とか、食べ物ってこんなに美味しかったんだ!とか気づけたので、私にとってはすごく人間らしい生き方をさせてもらえているなと思うようになりました。
移住を考えている皆さん!怖がらずに野辺地に来てみよう!